猫がにおいを嗅いで口を開けるのはなぜ?最新研究で分かった「においの名刺」
猫が何かのにおいをクンクン嗅いだあと、
「……え?」
というように、口を半開きにして固まっていることはありませんか?
ちょっと変な顔にも見えるので、
「臭かったの?」
「びっくりした?」
「何その顔(笑)」
と思ってしまいますよね。
でもこれは、単に「くさい!」という顔をしているわけではありません。
猫などに見られる「フレーメン反応」と呼ばれる行動です。
そして2026年、岩手大学を中心とする国際共同研究によって、猫がこうした行動をする背景に関わる、とても興味深い仕組みが明らかになりました。
なんと猫の尿には、
「このにおいは誰のものなのか」を区別する手がかりになる、個体ごとの“においの名刺”
のような化学情報が含まれている可能性が示されたのです。
今回は、猫がにおいを嗅いで口を開ける「フレーメン」と、2026年の最新研究で分かった猫の知られざるにおいの世界を見ていきましょう。
猫がにおいを嗅いで口を開ける「フレーメン」とは?

猫が、
・何かを念入りに嗅ぐ
・少し顔を上げる
・口を半開きにする
・数秒間そのまま固まる
といった表情を見せることがあります。
これがフレーメン反応です。
猫だけでなく、馬や大型のネコ科動物などにも見られます。
猫は普通に鼻でにおいを嗅ぐだけでなく、口の上側付近にある鋤鼻器(じょびき/ヤコブソン器官)という感覚器官も利用して、フェロモンなどの化学的な情報を受け取ります。
フレーメンのときに口を少し開ける行動は、こうした化学情報を鋤鼻器へ取り込み、詳しく調べるための行動とされています。

ゆず先生、あの顔って“くさっ!”って顔じゃなかったの?

違うんじゃよ。においの中にある情報を、じっくり調べておるんじゃ。
2026年、猫の尿から見つかった「においの名刺」

ここからが今回の最新研究です。
岩手大学の宮崎雅雄教授、市沢翔太さんら、日本・ドイツ・スペインの国際共同研究グループは、猫の尿に含まれる化学成分と行動を詳しく調べました。
研究成果は2026年8月に国際科学誌『Current Biology』で公開され、9月7日号にも掲載されています。
研究グループが注目したのが、
分岐鎖脂肪酸(BFA:branched-chain fatty acids)
と呼ばれる特殊な脂肪酸です。
猫の尿を詳しく分析したところ、十数種類の分岐鎖脂肪酸が見つかりました。
そして興味深いことに、
その種類や組み合わせ、比率が猫によって違っていた
のです。
人間でたとえるなら、
「名前を書いた名札」
というより、
においでできたIDカード
のようなイメージでしょう。
これが「においの名刺」と表現されている理由です。
同じ猫なら「においの名刺」が比較的安定している

ただ猫によって尿の成分が違うだけなら、
「食べたものが違うからでは?」
とも考えられます。
ところが今回の研究では、さらに面白い結果が出ています。
分岐鎖脂肪酸の組成は猫ごとに違う一方で、
同じ猫では採尿した日が変わっても比較的安定していた
ことが確認されました。
さらに、尿を室温に24時間置いた場合でも、その特徴は比較的保たれていました。
猫のマーキングは、相手の目の前でするとは限りません。
猫がその場所からいなくなったあとに、別の猫がやってきてにおいを嗅ぐこともあります。
そこで情報がすぐ変わってしまっては、
「誰のものなのか」
を判断しにくくなります。
時間がたっても比較的安定した化学的特徴が残ることは、においによるコミュニケーションにとって重要なのかもしれません。
猫は実際にその違いを嗅ぎ分けていた
化学成分が違うだけでは、
「猫自身がその違いを利用している」
とは言えません。
そこで研究グループは行動試験も行いました。
その結果、猫は個体ごとに異なる分岐鎖脂肪酸の組成を識別できることが示されました。
つまり今回の研究では、
「猫によって尿の成分が違った」
だけではなく、
猫自身が、その化学的な違いを嗅ぎ分けられる
ところまで実験で示されたわけです。

ということは、ぼくが嗅げば“これはゆず兄ちゃんだ!”って分かるの?

研究から“特定の脂肪酸の組み合わせを区別できる”ことは分かったぞ。ただし、人間の名前のように『ゆずだ!』と認識しているところまで証明されたわけではないんじゃ。
ここは大事なポイントです。
今回の研究から、
猫が尿に含まれる個体ごとの化学的な特徴を識別できる
ことは示されました。
一方、
「このにおいは○○ちゃんだ」
と人間のような形で相手の個体を認識しているかどうかまで、今回の研究だけで断定することはできません。
「においの名刺」はどこで作られている?
さらに驚く発見がありました。
研究グループが分岐鎖脂肪酸の由来を調べたところ、
腎臓の皮質にある脂肪滴
に、分岐鎖脂肪酸を含む脂質が蓄えられていることが分かりました。
研究チームは、この脂肪滴がいわば
「においの名刺の貯蔵庫」
として働き、個体ごとの特徴を比較的安定した状態で尿へ供給している可能性を示しています。
食事や体調、環境などによって体内の化学状態は変化します。
それでも個体固有の化学的特徴をある程度安定させる仕組みとして、腎臓の脂肪滴が関係している可能性があるということです。
猫の腎臓に、こんな役割の可能性があったとは驚きです。
家猫だけではなかった
今回の研究では家猫だけでなく、ほかのネコ科動物についても調べられました。
その結果、分岐鎖脂肪酸に関連した尿や腎臓の脂質の特徴は、
ライオン、トラ、イリオモテヤマネコなどのネコ科動物でも確認された
と岩手大学は発表しています。
ただし、すべてのネコ科動物が家猫とまったく同じ仕組みを持つという意味ではありません。
論文では、ネコ科の中でも脂肪酸の種類や腎臓での蓄積方法などに違いがあることが報告されています。
それでも、
ネコ科にとって「においで情報を残す」という行動がいかに重要なのか
を考える手がかりになりそうです。
なぜ猫は「におい」をそんなに大切にするの?
私たち人間は、相手を見分けるときに顔や声を強く頼ります。
猫の世界では、それに加えて「におい」が非常に重要です。
猫は、
顔や体をこすりつける
爪とぎをする
尿でマーキングする
など、さまざまな方法で周囲ににおいの情報を残します。
獣医学の資料でも、猫は頬や体などにある臭腺の分泌物、爪とぎ、尿マーキングなどを使って環境に化学的な情報を残すことが知られています。
だから私たちからすると、
「ただクンクンしている」
ように見える時間も、猫にとっては
その場所や相手について情報を集めている時間
なのかもしれません。
スリスリと「においの名刺」は同じもの?
ここは、ねこ日和の既存記事ともつながる部分です。
猫は飼い主や家具に顔や体をスリスリします。
こちらも「においによるコミュニケーション」ですが、今回発見された尿中の分岐鎖脂肪酸とは同じものではありません。
スリスリは主に顔や体の臭腺などからにおいを付ける行動。
今回の研究は、
尿の中に個体ごとに安定した分岐鎖脂肪酸の特徴が存在する
ことに注目したものです。
同じ「猫のにおいコミュニケーション」でも、その方法や含まれる化学情報には違いがあります。
「猫の鼻は記憶装置?」の記事とは何が違う?
ねこ日和では以前、
「猫の鼻は記憶装置?驚きの嗅覚と匂いの記憶力」
という記事も紹介しています。
そちらは、
猫がにおいをどのように利用して生活しているのか
という嗅覚全般のお話。
今回の記事は、
猫の尿の中に、個体ごとに異なり比較的安定した化学的特徴が実際に存在する
ことを2026年の研究から紹介しています。
同じ「猫×におい」でも、今回の研究によって、より具体的な化学的仕組みが一つ明らかになったわけです。
ごはんの「匂いに飽きる」研究ともつながっている
実は、ねこ日和で以前紹介した
「ネコは同じごはんの『匂い』に飽きる?」
という研究も、岩手大学の宮崎雅雄教授らの研究グループによるものです。
そちらでは、同じ食べ物のにおいに慣れると摂食意欲が下がり、新しいにおいを提示すると再び食べようとする「嗅覚順応・脱順応」が報告されました。
今回は「食欲」ではなく、
猫同士の情報伝達
に関わるにおいの研究。
こうして見ると猫にとって「鼻」は、
ごはんを判断するためだけではなく、
相手や周囲の世界を理解するための重要な情報収集ツール
なのだと分かります。
フレーメンを見つけても邪魔しなくてOK
愛猫が突然口を半開きにすると、
「何かおかしい?」
と心配になるかもしれません。
何かを嗅いだ直後に数秒間口を開け、その後いつも通りに戻るのであれば、フレーメンという正常な行動であることがあります。
そんなときは、
「何を調べているんだろう?」
とそっと観察してみてください。
ただし、においを嗅いだ場面と関係なく、
口を開けたまま呼吸する
呼吸が速い
苦しそうに見える
舌や歯ぐきの色がおかしい
いつまでも口を閉じない
といった場合は、フレーメンとは別の問題も考える必要があります。
その場合は「フレーメンだから大丈夫」と決めつけず、動物病院へ相談してください。
ゆず先生のまとめ

口を開けて変な顔してるんじゃなくて、情報収集中だったんだね。

そういうことじゃ。人間が名刺を見て相手を確認するように、猫の世界には“においの名刺”があるのかもしれんのじゃよ。
今回の研究で分かったポイントは、
・猫の尿には十数種類の特殊な分岐鎖脂肪酸が含まれる
・その組み合わせは猫ごとに異なる
・同じ猫では比較的安定している
・猫は個体ごとに異なる脂肪酸の組成を嗅ぎ分けられる
・その材料を蓄える「貯蔵庫」のような仕組みが腎臓に存在する可能性がある
ということです。
いつもの猫の
「クンクン……ぱかっ」
という何気ない表情。
その裏側では、私たちには分からないほどたくさんの情報を読み取っているのかもしれません。
猫の行動は、知れば知るほど面白いですね。
参考資料
本記事は、2026年8月に発表された岩手大学の研究紹介および、国際科学誌『Current Biology』掲載論文を中心に構成しています。
岩手大学
「ネコの“あの顔”から見つかった『においの名刺』―尿の個体識別を支える特殊な脂肪酸と腎臓の貯蔵庫―」
2026年8月20日発表。
Ichizawa S, Caspers J, Uenoyama R, et al.
“Signatures of branched-chain fatty acids derived from a kidney reservoir confer stable chemical individuality on domestic cats.”
Current Biology, 2026.
DOI:10.1016/j.cub.2026.07.045
Merck Veterinary Manual
“Social Behavior of Cats”
猫のにおいによるコミュニケーション、フレーメン、鋤鼻器について参照。
American Veterinary Society of Animal Behavior
“What are Cat Pheromones and What Do They Do?”
猫の鋤鼻器とフレーメンによる化学情報の取り込みについて参照。
